NPO広報担当者のための、より多くの人に届けるアクセシブルなデザイン入門
はじめに:なぜ今、NPOにアクセシブルなデザインが必要なのか
NPOの活動は、社会の多様な課題に取り組み、様々な背景を持つ人々を支援し、巻き込むことを目指しています。しかし、広報物やウェブサイトが特定の利用者にとって情報にアクセスしにくくなっているとしたらどうでしょうか。意図せずして、活動の輪から排除してしまうことにもつながりかねません。
ここで重要になるのが、「アクセシブルなデザイン」という考え方です。これは、年齢や能力、環境に関わらず、誰もが必要な情報にアクセスし、サービスを利用できるようにするためのデザイン手法を指します。視覚や聴覚に障がいのある方、色覚特性を持つ方、高齢の方、一時的に怪我をしている方、あるいは騒がしい場所で情報を見ている方など、あらゆる人々が対象となります。
デザイン知識がないと感じているNPOの広報担当者にとって、「アクセシビリティ」と聞くと難しく感じるかもしれません。しかし、アクセシブルなデザインは決して特別なものではなく、より多くの人に団体の活動を知ってもらい、共感を広げ、参加を促すための強力なツールとなり得ます。
この記事では、デザインの専門知識がないNPO広報担当者の方でも理解し、すぐに実践できるアクセシブルなデザインの基本的な考え方と具体的なステップをご紹介します。限られたリソースの中でも取り組める工夫や、デザイナーとの協働でアクセシビリティを実現するためのヒントも解説します。
アクセシブルなデザインの基本的な考え方
アクセシブルなデザインとは、「ユニバーサルデザイン」や「インクルーシブデザイン」といった考え方とも重なりますが、特に情報やコミュニケーション手段へのアクセスに焦点を当てることが多い傾向にあります。主な目的は、情報格差を減らし、誰もが社会参加できる機会を増やすことです。
NPOの広報活動においては、以下のような点がアクセシビリティの対象となり得ます。
- ウェブサイト: イベント情報、活動報告、寄付ページなど、団体の顔となる情報源です。
- 印刷物: チラシ、ポスター、報告書、ニュースレターなど、オフラインでの情報伝達手段です。
- 動画・音声コンテンツ: 活動紹介動画、オンライン講演、ポッドキャストなどです。
- SNS投稿: 日々の情報発信やフォロワーとのコミュニケーションツールです。
これらの媒体でアクセシビリティを考慮することは、単に「優しいデザイン」であるだけでなく、情報がより遠くまで、より多くの人に正確に伝わることを意味します。結果として、支援者やボランティア、参加者の増加にもつながる可能性が高まります。
NPOの広報物で実践できるアクセシブルデザインの具体例
デザイン知識がなくても、日々の業務の中で少し意識するだけでアクセシビリティを向上させられる点は多くあります。媒体別に具体的な例を見ていきましょう。
ウェブサイト
- 画像には代替テキスト(alt属性)をつける: 画像の内容を説明するテキスト情報を設定します。これにより、視覚障がいのある方がスクリーンリーダー(画面読み上げソフト)を利用している場合でも、画像の内容を理解できます。
- キーボードだけで操作できるようにする: マウスが使えない方のために、タブキーでサイト内のリンクやボタンを順に移動し、エンターキーで選択できる構造にします。
- 文字と背景のコントラスト比を十分にする: 特に重要な情報(見出し、本文)は、背景色とのコントラストがはっきりしている必要があります。これにより、弱視の方や高齢の方、屋外の明るい場所で見ている方でも文字が読みやすくなります。コントラスト比を確認できる無料ツールが多く存在します。
- 見出し構造を正しく使う: h1、h2、h3といった見出しタグを文章構造に合わせて正しく使います。スクリーンリーダー利用者は見出しをたどってページ内容を把握することがあります。
- リンクテキストを具体的に書く: 「こちら」といった漠然とした表現ではなく、「活動報告の詳細を見る」のように、リンク先の内容がわかるようにします。
印刷物(チラシ、報告書など)
- 文字サイズと行間: 本文は小さすぎず、適切なサイズ(目安として10pt以上)にします。行間や文字間も詰まりすぎないように調整し、文字が読みやすい塊になるようにします。
- フォントの選択: 装飾的なフォントよりも、ゴシック体などの比較的シンプルなフォントの方が、多くの方にとって読みやすい傾向があります。ユニバーサルデザインに対応したフォントを選ぶのも良いでしょう。
- 色の使い方: 色だけで情報を区別するデザインは避けます。例えば、グラフで項目を色分けするだけでなく、線種を変えたりパターンを加えたり、項目名を直接表示したりします。色覚特性を持つ方にも情報が伝わります。
- レイアウトと構成: 情報の優先順位を明確にし、論理的な流れで配置します。余白を適切に使い、ごちゃごちゃした印象にならないようにします。
動画・音声コンテンツ
- 字幕を提供する: 動画や音声コンテンツには必ず字幕をつけます。聴覚障がいのある方や、音声を聞けない環境にいる方でも内容を理解できます。
- 文字起こしを提供する: 動画や音声の内容をテキスト化したものも提供します。これにより、検索性が向上したり、自分のペースで内容を確認したりできます。
- 音声解説(ナレーション): 視覚情報がメインの動画コンテンツでは、視覚障がいのある方のために、映像で何が起こっているかを説明するナレーションを加えることを検討します。
SNS投稿
- 画像に代替テキストを設定する: TwitterやFacebookなど、画像に代替テキストを設定できる機能がある場合は活用します。
- 読みやすい文章構成: 長文にならないように、箇条書きなどを活用し、簡潔にまとめます。
- 絵文字と特殊文字: 絵文字の多用や、装飾的な特殊文字(例: 🅰️🅱️🆎のようなもの)は、スクリーンリーダーが正しく読み上げられないことがあるため、控えめにします。
デザイン知識がなくても今日からできること
「デザインのことがよく分からないから無理だ」と諦める必要はありません。デザインの専門知識がなくても、アクセシビリティ向上のためにすぐに始められることはたくさんあります。
- 自分の広報物を「使ってみる」視点を持つ: 自分のウェブサイトをキーボードだけで操作してみる、印刷物をモノクロコピーして情報が伝わるか確認してみるなど、普段とは違う方法で自分の媒体をチェックしてみます。
- 無料ツールを活用する: ウェブサイトのアクセシビリティを簡易診断できるツールや、色のコントラスト比をチェックできるツール(「コントラストチェッカー」などで検索すると見つかります)を利用してみましょう。
- 基本的なチェックリストを作る: 上記の具体例を参考に、「画像の代替テキストは入っているか」「文字サイズは適切か」「色だけで情報を伝えていないか」といった簡単なチェックリストを作り、新しい広報物を作成するたびに確認する習慣をつけます。
- 周囲に意見を聞いてみる: 様々な状況にある人(高齢の親戚、視覚障がい者団体など)に、広報物が見やすいか、情報が理解しやすいか意見を聞いてみるのは、非常に有効な方法です。
デザイナーにアクセシビリティへの配慮を依頼する際のポイント
外部のデザイナーにデザインを依頼する場合、アクセシビリティへの配慮を明確に伝えることが重要です。依頼する際に以下の点を意識してみましょう。
- アクセシビリティの目標を共有する: 単に「アクセシブルにしてほしい」と言うだけでなく、「高齢者にも情報が届きやすいようにしたい」「視覚障がいのある方がウェブサイトを利用しやすくしたい」といった具体的な目標や、なぜアクセシビリティが団体にとって重要なのか(理念との関連など)を伝えます。
- 対象者を明確にする: 誰に最も情報を届けたいのか、どのような状況にある人々を特に考慮したいのかを具体的に伝えます。
- 希望する基準や具体的な要望を伝える(可能であれば): もし可能であれば、ウェブコンテンツ・アクセシビリティ・ガイドライン(WCAG)のような標準的な基準への準拠を希望する旨や、具体的な要望(「最低文字サイズはこのくらい」「コントラスト比はこれを満たしたい」など)を伝えます。これらの基準について詳しく知らなくても、「色の組み合わせについてアドバイスが欲しい」「画像の説明文はどのように用意すれば良いか」といった質問をデザイナーに投げかけるだけでも良いでしょう。
- デザイナーの経験を確認する: アクセシブルなデザインに関する経験があるか、依頼時に確認してみるのも一つの方法です。経験豊富なデザイナーであれば、適切な提案をしてくれる可能性が高いです。
- デザインレビューの際に確認する: デザイン案が上がってきたら、アクセシビリティの観点でも問題がないか一緒に確認する時間を持つように依頼します。
限られた予算でアクセシビリティを向上させる工夫
NPOは限られたリソースの中で活動していることが多い現状があります。予算が少ない中でもアクセシビリティを向上させるために、いくつかの工夫が考えられます。
- デザインの企画段階で考慮する: 後からアクセシビリティ対応をしようとすると、大きな手戻りや追加費用が発生しやすいです。デザインの企画・設計段階からアクセシビリティの要素を組み込むことで、結果的に効率的かつ費用対効果の高い対応が可能になります。
- 既存ツールやプラットフォームの機能を活用する: ウェブサイトを構築しているCMSや、Canvaのようなデザインツールには、アクセシビリティをサポートする機能(代替テキスト入力欄、テンプレートの活用など)が備わっていることがあります。まずはこれらの機能を最大限に活用します。
- 優先順位をつけ、段階的に改善する: 一度に全てのアクセシビリティ問題に対応しようとせず、影響が大きいものから優先順位をつけて取り組んでいきます。例えば、最もアクセスが多いウェブページの改善から始めるなどです。
- プロボノや専門家の協力を得る: アクセシビリティに関する専門知識を持つプロボノワーカーや、ソーシャルデザインに理解のある専門家からのアドバイスや協力を求めることも有効です。
- 基本原則の徹底: 文字サイズを適切にする、コントラストを高く保つ、色だけで情報を伝えない、といった基本的な原則を徹底するだけでも、アクセシビリティは大きく向上します。これらは特別なツールや高額な費用を必要としません。
まとめ:アクセシブルなデザインは社会を変える一歩
アクセシブルなデザインは、単に技術的な対応や規則への準拠ではありません。それは、NPOの活動が持つ社会的な包容性や多様性の尊重といった理念を、デザインという形を通して実践することです。より多くの人に情報が届き、活動への参加のハードルが下がることは、団体のミッション達成に直結します。
デザインの専門知識がない広報担当者の方でも、この記事でご紹介した基本的な考え方や、すぐにできる具体的なステップを参考に、日々の広報活動にアクセシブルな視点を取り入れてみてください。完璧を目指すのではなく、できることから少しずつ改善していく姿勢が大切です。
デザイナーとの協働においても、アクセシビリティへの希望をしっかりと伝えることで、共に「より多くの人に届くデザイン」を作り上げることができます。デザインは、社会をより良く変えるための強力なツールです。アクセシブルなデザインを実践することで、あなたの団体の活動は、さらに多くの人々に力を与え、社会にポジティブな変化をもたらすことができるでしょう。