伝わるデザインは情報整理から。NPO広報担当者のための情報設計入門
はじめに:デザインの「前」に必要なこと
ウェブサイト「社会とデザインの実践論」をご覧いただき、ありがとうございます。 ソーシャルデザインプロジェクトにおいて、グラフィックデザインは活動を効果的に伝えるための強力なツールです。しかし、デザインを始める前に、非常に重要な準備段階があります。それが「情報設計」です。
デザインの知識は少ないけれど、団体の活動を多くの人に分かりやすく伝えたいと願うNPO広報担当者の皆様にとって、情報設計の考え方を理解することは、デザイナーとの連携をスムーズにし、限られた予算や時間の中で最大の成果を出すために役立ちます。
この記事では、情報設計とは何か、なぜNPOの広報活動において重要なのか、そしてデザイン知識がなくても実践できる基本的な情報設計のステップについて解説いたします。
情報設計とは何か
情報設計(Information Architecture, IA)とは、伝えたい情報を整理し、分かりやすく構造化し、受け取る人が迷わずに目的の情報にたどり着けるようにするための考え方とプロセスです。ウェブサイト、パンフレット、チラシ、報告書など、あらゆる情報伝達媒体において、デザインの土台となります。
家を建てる際に設計図が必要なように、デザインも情報の設計図があって初めて効果を発揮します。どんなに魅力的なデザインであっても、情報が整理されていなければ、伝えたいメッセージはぼやけてしまい、読者は混乱してしまう可能性があります。
情報設計では、主に以下の点を検討します。
- 情報の分類: 伝えたい情報を意味のあるグループに分けます。
- 情報の構造化: 分類した情報をどのような階層構造や関連性で示すか(例:ウェブサイトのメニュー構成、報告書の章立て)。
- ナビゲーション設計: ユーザーが情報間をどのように移動できるようにするか(例:ウェブサイトのリンク、パンフレットのページ順)。
- ラベリング: 情報や機能に分かりやすい名前を付けます(例:メニュー項目名、見出し)。
なぜNPOの広報活動に情報設計が重要なのか
NPOの広報担当者の皆様は、限られたリソースの中で、多岐にわたる情報を様々なステークホルダー(支援者、ボランティア、受益者、地域住民など)に分かりやすく伝える必要があります。情報設計の視点を持つことは、多くの課題解決につながります。
- メッセージが明確になる: 伝えたいことの核を定め、情報を整理することで、最も重要なメッセージが際立ちます。これにより、読者に「何を伝えたいのか」が正確に伝わります。
- 読者が求める情報にたどり着きやすい: 情報を構造化し、分かりやすいナビゲーションや見出しを付けることで、読者は知りたい情報をスムーズに見つけられるようになります。これは、ウェブサイトでの離脱率低下や、パンフレットを最後まで読んでもらうことにつながります。
- デザイナーとのコミュニケーションが円滑になる: 情報が整理され、伝えたい構造が明確になっていると、デザイナーはデザインの意図を正確に理解できます。これにより、効果的なデザイン提案が得られやすくなり、手戻りや誤解を防ぐことができます。
- デザインの目的が明確になる: 情報設計を通じて、その広報物で達成したい目的(例:寄付を募る、イベント参加者を増やす、活動への理解を深める)と、それを実現するための情報の優先順位が定まります。デザイナーはその目的に沿った最適なビジュアル表現を考えやすくなります。
- 限られたスペースや予算で効果を最大化する: 情報が整理されていないと、デザインで情報を詰め込みすぎたり、優先度の低い情報にスペースを割いてしまったりしがちです。情報設計により、必要な情報だけを効果的に配置し、伝えたいことに集中することで、より少ないリソースで高い効果を目指せます。
デザイン知識がなくてもできる情報設計の基本的なステップ
情報設計は、特別なデザインツールや専門知識がなくても実践できます。重要なのは、伝えたい情報と受け取る人について深く考えることです。以下のステップを参考に、次の広報物作成から試してみてはいかがでしょうか。
ステップ1:目的とターゲットを明確にする
まず、その広報物を作る「目的」は何ですか?(例:新しい支援プログラムを知ってもらう、イベント参加に申し込んでもらう、活動報告に関心を持ってもらう) そして、「誰に」伝えたいですか?(例:初めて団体のことを知る人、すでに寄付をしている人、特定のスキルを持つボランティア希望者)
目的とターゲットが明確になることで、伝えるべき情報の種類や、情報の優先順位が見えてきます。
ステップ2:伝えたい情報をすべて洗い出す
目的とターゲットを達成するために必要だと思われる情報を、思いつく限りリストアップします。箇条書きでも、ポストイットに一つずつ書き出す形でも構いません。この段階では、情報の「質」や「順序」は気にせず、漏れがないように出し切ることが大切です。
例: * 団体名、ミッション * 活動内容の詳細 * なぜこの活動が必要なのか(社会課題の説明) * 具体的な事例や実績 * 支援の方法(寄付、ボランティア) * イベント情報 * 連絡先、アクセス方法 * 理事長挨拶 * 寄付金の使い道 * よくある質問(FAQ)
ステップ3:情報を分類し、グループ化する
洗い出した情報を、関連性の高いもの同士でグループに分けます。似たテーマの情報、同じような疑問に答える情報などをまとめていきます。例えば、「団体の基本情報」「活動の詳細」「支援・参加方法」「連絡先」のように分類できます。
ポストイットを使っている場合は、ホワイトボード上で動かしながらグループ化すると視覚的に分かりやすいでしょう。
ステップ4:情報の優先順位と流れを決める
分類した情報グループや個々の情報の中で、どれが最も重要で、読者に最初に知ってほしい情報かを考えます。目的達成のために不可欠な情報は最優先とし、読者の興味を引くような順序で情報を配置する流れを考えます。
例えば、寄付募集のチラシであれば、「なぜ寄付が必要なのか」「寄付によって何ができるのか」といった情報は、団体の沿革よりも先に伝えるべきでしょう。読者の視点に立ち、「次に何を知りたいだろうか?」と考えながら情報の流れを設計します。
ステップ5:簡単な構成案を作成する(ワイヤーフレームやラフスケッチ)
情報の流れが決まったら、それを具体的な媒体に落とし込むための簡単な構成案を作成します。専門的なツールは不要です。手書きのラフスケッチでも、WordやPowerPointで図形を配置する程度のものでも構いません。
これは「ワイヤーフレーム」とも呼ばれ、各情報のグループや要素(見出し、本文、写真スペース、ボタンなど)を、媒体上のどこに配置するかを示します。この段階では、デザインや色、フォントは一切考えず、情報の配置とスペースのバランスのみを検討します。
ウェブサイトであれば各ページのレイアウトとページ間のリンク、チラシであれば表面と裏面のどこに何を配置するか、報告書であれば章立てと各章に含める内容などを視覚化します。
情報設計がうまくいった事例(イメージ)
あるNPOが、新規ボランティア募集のためのリーフレットを作成することになったとします。
情報設計なしの場合: 伝えたい情報をすべて詰め込もうとし、「団体概要」「活動内容すべて」「理事長メッセージ」「ボランティアの種類すべて」「応募方法」「連絡先」「過去のイベント写真」などを、情報の優先順位を考えずに並べてしまいました。結果、情報過多でごちゃごちゃした印象になり、「私にできることは何だろう?」「どうすれば応募できるの?」という読者の疑問にスムーズに答えられないリーフレットになってしまいました。
情報設計を実践した場合: まず「目的:多様なスキルを持つ新しいボランティアを募る」「ターゲット:NPOでの活動に関心はあるが、具体的に何ができるか分からない社会人」と明確にしました。 次に、ターゲットが最も知りたいであろう「どんなボランティアの種類があるか」「自分のスキルが生かせるか」「活動頻度はどのくらいか」「応募方法」といった情報に優先順位をつけました。 団体概要や過去の活動実績は、関心を持った人がさらに知りたい情報として、ウェブサイトへの誘導を促す形にしました。 情報を「ボランティアの可能性」「具体的な活動例」「参加方法・流れ」のように分かりやすく分類し、リーフレットのページ順を構成しました。 簡単なラフスケッチで、表面で興味を引きつけ、中面で具体的な活動内容と自分に合ったボランティアを見つけるヒントを示し、裏面で応募方法と問い合わせ先を明確に示す配置を検討しました。
この情報設計をもとにデザイナーに依頼した結果、読者が自分事としてボランティア活動をイメージしやすく、次のステップへ進みやすい、分かりやすいリーフレットが完成しました。応募フォームへのアクセス数も増加し、多様なスキルを持つボランティアからの応募が増えるという成果につながりました。
結論:デザインの力を最大限に引き出すために
情報設計は、優れたデザインの基盤です。デザインの知識がないNPO広報担当者の方々でも、目的とターゲットを明確にし、伝えたい情報を整理・構造化するステップを踏むことで、誰にとっても分かりやすく、効果的な広報物を作るための土台を築くことができます。
このプロセスを通じて、ご自身の団体が伝えたいメッセージがよりクリアになり、デザイナーとの連携もスムーズに進むことを実感していただけるはずです。情報設計は特別なスキルではなく、情報を整理して相手に分かりやすく伝えようとする姿勢そのものです。ぜひ、次回の広報物作成から情報設計の視点を取り入れてみてください。それが、デザインの力を最大限に引き出し、団体の活動をさらに多くの人々に届けるための一歩となるでしょう。