NPO広報担当者のための、団体の「らしさ」を伝えるブランドデザイン実践論
はじめに
日々のNPO活動において、広報は団体の存在意義や取り組みを広く伝え、共感や支援を得るために不可欠な活動です。多くの広報担当者様は、限られたリソースの中で最大の効果を出すために様々な工夫をされています。その中で、「団体の個性がうまく伝わらない」「広報物ごとに見た目がばらばらで統一感がない」「どうすればもっと信頼感のある印象を与えられるのか」といった課題に直面されることは少なくありません。
これらの課題を解決し、団体の「らしさ」を明確に伝え、信頼と共感を育む強力なツールとなるのが「ブランドデザイン」です。ブランドデザインと聞くと、大企業が行うような大規模なものや、高度なデザインスキルが必要なものと思われがちですが、NPOにおいても、その考え方や実践的な手法を取り入れることで、広報の効果を大きく向上させることが可能です。
この記事では、デザインに関する専門知識がないNPO広報担当者様に向けて、ブランドデザインとは何か、なぜNPOに必要なのか、そして団体の「らしさ」を伝えるためにデザインをどう活用できるのか、具体的なステップと実践的なヒントを交えて解説します。
NPOにおけるブランドデザインの重要性
ブランドデザインとは、単にロゴや色を決めることだけではありません。それは、団体のミッション、ビジョン、価値観、そして活動を通じて届けたいメッセージや感情を、一貫性のある視覚的な要素(ロゴ、カラー、フォント、写真、グラフィックなど)や言葉のトーン(トーン&マナー)を通じて表現し、人々の心に刻み込む取り組みです。
NPOにとって、ブランドデザインは特に重要です。
- 信頼性の向上: 一貫性のあるプロフェッショナルな見た目は、団体に対する信頼感を高めます。これは、寄付者、ボランティア、メディア、協働パートナーなど、多様なステークホルダーとの関係構築において非常に重要です。
- 認知度の向上と記憶への定着: 特徴的で統一されたデザインは、団体の存在を人々に認知させやすくし、印象に残りやすくします。多くの情報が溢れる現代において、団体のメッセージを見つけやすく、覚えやすくすることは大きなアドバンテージとなります。
- 共感とエンゲージメントの促進: 団体の「らしさ」や情熱がデザインを通じて伝わることで、人々の共感を呼び、活動への関心や参加意欲を高めることができます。
- 組織内の統一感と士気向上: 団体のブランドが明確であることは、内部のスタッフやボランティアにとっても指針となり、一体感を醸成し、活動への誇りを高めることにつながります。
団体の「らしさ」を明確にする:ブランドの基盤づくり
ブランドデザインを始める前に、まずは団体の「らしさ」とは何かを言語化し、明確にする作業が必要です。これは、デザイナーに依頼する際にも、ご自身で広報物を作成する際にも、デザインの方向性を決めるための最も重要なステップです。デザイン知識は一切必要ありません。問われるのは、団体への深い理解と、伝えたいことへの明確な意思です。
以下の要素について、改めて整理してみましょう。
- ミッション・ビジョン: 団体は何のために存在し、どのような社会を目指しているのか? これは活動の根幹であり、ブランドの核となります。
- 価値観・哲学: 活動を進める上で大切にしている信念や考え方は何か? それは団体の「態度」や「人柄」としてデザインに反映されます。
- ターゲットオーディエンス: 誰にメッセージを届けたいのか? 彼らはどのような人たちで、何に関心があり、どのような言葉やビジュアルに反応しやすいか?
- 団体の強み・特徴: 他の類似団体と比べて、独自の取り組みや強みは何か?
- 伝えたいメッセージ: 広報を通じて、最も伝えたい重要なメッセージは何か?
- 団体の「雰囲気」や「人柄」: 堅実、親しみやすい、情熱的、革新的、穏やかなど、どのような印象を与えたいか?
これらの要素を、団体の主要メンバーで話し合い、言葉にしてまとめてみてください。これは、将来デザイナーに協力を仰ぐ際の「デザインの依頼書(ブリーフ)」の重要な骨子となります。
ブランドデザインの主な要素とその活用
団体の「らしさ」が整理できたら、それを視覚的に表現するデザイン要素について考えてみましょう。主な要素は以下の通りです。
- ロゴマーク: 団体の顔となるシンボルです。ミッションや活動内容を象徴し、記憶に残りやすいデザインが理想的です。
- コーポレートカラー(メインカラー、サブカラー): 団体のイメージを決定づける重要な要素です。色にはそれぞれ固有のイメージ(例: 青は信頼、緑は成長、赤は情熱)があり、伝えたい「らしさ」に合わせて慎重に選ぶ必要があります。ウェブサイト、チラシ、SNS投稿など、全ての広報物で一貫して使用することで、統一感が生まれます。
- フォント(書体): 見出し用、本文用など、使用するフォントを決めます。フォントもデザインの一部であり、ゴシック体は力強く分かりやすい印象、明朝体は丁寧で落ち着いた印象など、フォント選びによっても「らしさ」を表現できます。統一されたフォントを使用することで、広報物全体にまとまりが生まれます。
- トーン&マナー: 広報物全体のスタイルや雰囲気を指します。使用する言葉遣い(ですます調か、ややカジュアルか)、写真やイラストのテイスト(写実的か、イラスト風か、明るいか、落ち着いたか)、レイアウトのルール(余白の取り方、要素の配置)などを含みます。
- その他のビジュアル要素: 特定のイラストスタイル、写真のトーン(明るさ、色合い)、アイコンのデザインなど、団体の独自性を表現するための要素です。
これらの要素は、単体ではなく組み合わせて使用することで、より強力に団体の「らしさ」を伝えます。例えば、団体のロゴ、決められたコーポレートカラー、特定のフォント、そして統一された写真のトーンで構成された広報物は、それだけで「あの団体のだ」と認識されやすくなります。
デザイン知識がなくてもできる実践:既存リソースの活用と統一化
ブランドデザインと聞くと、全てを新しく作り直す必要があるように感じるかもしれませんが、必ずしもそうではありません。既存のロゴやウェブサイトがある場合は、それを基盤として、他の広報物に統一感を持たせる工夫から始めることができます。
- 現状の広報物を集める: チラシ、パンフレット、ウェブサイト、SNS投稿画像、活動報告書など、現在使用している広報物を手元に集めてみましょう。
- 統一感をチェックする: 集めた広報物を並べてみて、ロゴの使い方は一貫しているか、使っている色はバラバラではないか、フォントは統一されているか、全体の雰囲気は揃っているかなどを確認します。
- 使用する基本要素を決める: 現状の広報物の中から、団体の「らしさ」が比較的よく出ているもの、あるいは今後基本としたいデザイン要素(ロゴ、メインカラー、本文用フォントなど)を選びます。もし正式なロゴやカラーがない場合は、この機会に最低限の要素だけでも定めてみることを検討します。
- 簡易的なガイドラインを作成する: 選んだロゴデータ、カラーコード(例: #FFFFFF のようなウェブカラー、CMYKなど)、使用するフォント名をリスト化し、「広報物を作成する際は、原則としてこのロゴ、これらの色、これらのフォントを使用すること」といった簡単な内部ルールを作成します。
- テンプレートの活用: CanvaなどのデザインツールやOffice系ソフトのテンプレートを使用する際も、この簡易ガイドラインに沿って、色やフォントを団体の指定するものに変更して使用します。これにより、テンプレートを使ってもバラバラな印象になることを防げます。
このような小さな一歩からでも、広報物全体の統一感を高め、団体のプロフェッショナルな印象を強化していくことができます。
デザイナーとの協働:ブランドデザインを依頼する際のポイント
本格的なブランドデザイン(ロゴの新規作成、包括的なビジュアルアイデンティティ(VI)ガイドラインの策定など)に取り組む場合は、デザイナーへの依頼を検討されることでしょう。デザイン知識がない広報担当者様がデザイナーと効果的に協働するためのポイントは以下の通りです。
- 「なぜ」を明確に伝える: デザインの依頼は、「〇〇なチラシを作ってほしい」という具体的な制作物だけではなく、「なぜそのチラシが必要なのか」「そのチラシを通じて誰に何を伝え、どうなってほしいのか」といった、ブランドの基盤づくりで整理した団体の目的やメッセージをしっかり伝えることが重要です。
- 参考事例を共有する: 「こんな雰囲気のデザインが好き」「この団体の広報物は見やすい」といった、参考になるウェブサイト、チラシ、企業のブランド事例などをいくつか提示すると、デザイナーはあなたのイメージを掴みやすくなります。ただし、単に見た目の好みだけでなく、「なぜそれが良いと感じるのか」理由も添えると、より深い理解につながります。
- 予算とスケジュールを正直に伝える: 限られた予算やタイトなスケジュールは、事前に正直に伝えましょう。デザイナーはそれに応じて、現実的で効果的な提案をしてくれます。予算が厳しい場合は、どこまでを優先するか(例: まずはロゴと基本カラーだけ決める)などを相談できます。
- フィードバックは具体的に: 提案されたデザインへのフィードバックは、「なんとなく違う」ではなく、「ここの色をもっと団体の温かい雰囲気に近づけたい」「この部分の文字をもう少し大きくして目立たせたいのは、特に高齢の方に見やすくしたいと考えているから」のように、理由や目的を添えて具体的に伝えましょう。
- ブランドの基盤を共有する: 先ほど整理した団体のミッション、ビジョン、価値観、ターゲットオーディエンスなどの情報をデザイナーに共有することで、団体の本質を理解した上でデザインに取り組んでもらえます。
デザイナーは、あなたの団体の「らしさ」を視覚的に表現するプロフェッショナルです。丸投げではなく、共に団体のブランドを作り上げていくパートナーとして、積極的にコミュニケーションを取りましょう。
限られた予算でブランドデザインを進めるには
NPOにとって予算は常に大きな課題です。ブランドデザインにかけられる予算が限られている場合でも、諦める必要はありません。工夫次第でできることは多くあります。
- 必要な要素を絞る: 最初から包括的なVIガイドラインを作成するのが難しければ、まずはロゴ、メインカラー、基本フォントといった最も核となる要素に絞ってデザインを依頼します。
- プロボノや割引制度を探す: デザイン事務所やフリーランスの中には、NPO向けにプロボノ(無償奉仕)や割引を提供している場合があります。NPO支援を専門とするNPOバンクや助成プログラムで、デザイン費用が対象となるケースもあります。
- デザイン系学生に依頼する: 大学や専門学校のデザイン学科などに相談し、学生のプロジェクトとして依頼することを検討します。費用を抑えられる可能性があり、学生にとっては実践的な経験となります。ただし、プロとは異なり、時間管理やクオリティのばらつきがある可能性も理解しておく必要があります。
- デザインツールを活用して内製する際のルール化: Canvaなどのツールを使って内製する場合でも、「基本的な色はこのパレットから選ぶ」「見出しフォントはA、本文フォントはBを使う」「ロゴは右上に配置する」といった簡単なルールを決めておくことで、ツール利用者のスキルに関わらず一定の統一感を保つことができます。
最初から全てを完璧にしようとせず、できる範囲から一歩ずつ進めていくことが重要です。
まとめ
NPO広報におけるブランドデザインは、単なる装飾ではなく、団体の「らしさ」を伝え、信頼と共感を育み、活動への支援を広げるための戦略的な取り組みです。デザインに関する専門知識がなくても、まずは団体のミッションや価値観、届けたいメッセージを明確にすることから始められます。
そして、ロゴ、カラー、フォントといったデザイン要素を意識し、日々の広報物に一貫性を持たせることから始めてみてください。デザイナーとの協働を検討する際は、団体の「なぜ」や目的をしっかりと伝えることが、良いデザインを生み出す鍵となります。
限られたリソースの中でも、ブランドデザインの考え方を取り入れ、実践していくことで、あなたの団体の広報はより多くの人々の心に響き、活動の輪を広げていく力となるでしょう。ぜひ、できることから取り組みを始めてみてください。