NPO広報担当者のための、デザインで組織のビジョン・価値観をチームに共有・浸透させる方法
はじめに
NPOの活動において、団体の掲げるビジョンや価値観は羅針盤のようなものです。これがチームメンバー間で明確に共有され、深く浸透していることは、活動の一体感を生み出し、困難に立ち向かう原動力となります。しかし、日々の業務に追われる中で、改めてビジョンや価値観を共有し、浸透させる機会を持つことは容易ではないかもしれません。
デザインは、単に外部に向けた広報物を作るためだけのものではありません。視覚的な表現の力は、抽象的で目に見えにくいビジョンや価値観を、より具体的で、感情に訴えかける形でチーム内に伝える有効な手段となります。
この記事では、デザインの専門知識がないNPO広報担当者の方が、デザインを活用して組織のビジョンや価値観をチームメンバーに共有・浸透させるための実践的な方法について解説します。デザイナーとの協働や、予算をかけずにできる工夫などもご紹介しますので、ぜひ日々の活動にお役立てください。
なぜ組織のビジョン・価値観共有にデザインが有効なのか
ビジョンや価値観は、言葉だけで伝えようとすると、人によって解釈が異なったり、記憶に定着しにくかったりすることがあります。ここでデザインの力が発揮されます。
デザインは、情報やメッセージを視覚的に構造化し、感覚に訴えかけることで、深い理解と共感を促します。組織のビジョンや価値観をデザインで表現することで、以下のような効果が期待できます。
- 理解促進: 抽象的な概念を具体的なイメージやシンボルで示すことで、メンバーの理解を深めます。
- 記憶への定着: 視覚情報は言語情報よりも記憶に残りやすいため、ビジョンや価値観がメンバーの中に根付きやすくなります。
- 共感の醸成: 美しいデザインや感情に訴えかけるデザインは、メンバーの共感を呼び、組織への愛着や一体感を高めます。
- 行動への動機付け: ビジョンが視覚的に示されることで、「何のために働くのか」「何を大切にするのか」が明確になり、日々の行動の指針となります。
デザインを活用したビジョン・価値観共有の具体的な手法
デザインで組織のビジョンや価値観をチームに共有するための具体的な手法はいくつかあります。団体の規模や文化、予算に応じて、最適な方法を選択または組み合わせて実施することができます。
1. ビジョン・価値観の視覚化ツール
- ビジョンボード/ポスター: 団体のビジョンやミッション、大切にしている価値観を象徴するキーワード、写真、イラスト、図などを組み合わせたボードやポスターを作成し、オフィスやミーティングスペースに掲示します。一目で団体の目指す方向性が伝わるように、視覚的な統一感を持たせることが重要です。
- クレドカード/ステッカー: ポケットに入るサイズのカードや、PCなどに貼れるステッカーに、団体の核となる価値観や行動指針(クレド)をデザインして配布します。常に携帯したり目に触れる場所に貼ることで、意識付けを促します。
- デジタル壁紙/SNS用画像: 団体のビジョンや価値観を表現したデザインを、メンバーがPCやスマートフォンの壁紙として使えるように提供したり、内部向けのSNSグループで定期的に共有したりします。
2. 内部コミュニケーションツールのデザイン活用
- イントラネット/社内報: 内部向けのウェブサイトや紙媒体の社内報で、ビジョンや価値観に関する特集記事を掲載する際に、写真やイラスト、図解を効果的に使用します。ビジョン達成に向けた具体的な活動を視覚的に紹介することも有効です。
- プレゼン資料テンプレート: 内部会議や報告会で使用するプレゼン資料に、団体のブランドカラーやフォント、ロゴなどを統一的に使用するテンプレートを用意します。資料の内容だけでなく、見た目からも組織のアイデンティティを感じられるようにします。
- オンボーディング資料: 新しいメンバーが加入した際に配布する資料や、最初に見せる研修資料に、ビジョンや価値観を分かりやすく、魅力的にデザインして盛り込みます。団体の文化を理解する第一歩として非常に重要です。
3. 体験をデザインする
- ワークショップ資料: ビジョンや価値観についてメンバーで話し合うワークショップを実施する際に、ワークシートや付箋、発表資料などを、団体の雰囲気に合ったデザインで統一して用意します。ワークショップそのものの体験価値を高めます。
- イベントデザイン: 団体のキックオフイベントや納会などで、空間装飾や配布物、プログラムなどをデザインの力で演出し、ビジョンや価値観を体感的に理解・共有できるような工夫を取り入れます。
実践に向けたステップと非デザイナーができること
デザインの専門知識がない広報担当者の方が、これらの取り組みを進めるための具体的なステップをご紹介します。
ステップ1:目的と内容の明確化
まず、「なぜ今、ビジョン・価値観の共有が必要なのか」「具体的に何を伝えたいのか」「誰に伝えたいのか(対象となるチームメンバーは誰か)」を明確に整理します。目的が明確になれば、どのようなツールや手法が最適かが見えてきます。
ステップ2:表現方法の検討
伝達したい内容を、どのようなデザインで表現するかを検討します。ここで重要なのは、「どのような雰囲気にしたいか」「どのような感情を呼び起こしたいか」といった、視覚表現の方向性を考えることです。例えば、「希望を感じさせる明るいトーン」「信頼性を重視した落ち着いたトーン」などです。
非デザイナーでも、参考になる他団体の事例を探したり、インターネット上のデザインギャラリーでイメージに近いものを集めたりすることで、方向性を具体的に固めることができます。団体のロゴや既存の広報物があれば、そこに使用されている色やフォントを参考にすると、統一感を保ちやすくなります。
ステップ3:デザイン作成または依頼
デザインを作成します。予算や必要なアウトプットに応じて、いくつかの方法が考えられます。
- 非デザイナーによる作成: CanvaやPowerPointなどのツールに用意されているテンプレートを活用し、写真やイラスト、テキストを組み合わせてシンプルなものを作成します。団体のロゴや基本カラーを設定しておけば、ある程度の統一感を出すことができます。図解を作成する場合は、「誰でもできる!伝わる図解・インフォグラフィックの基本」などを参考に、分かりやすさを最優先します。
- デザイナーへの依頼: より専門的で高品質なデザインが必要な場合は、デザイナーに依頼します。この際、ステップ1と2で整理した目的、伝えたい内容、表現の方向性を具体的に伝える「ブリーフ」を用意することが非常に重要です。「デザイナーに伝わる!NPO広報担当者のためのデザイン依頼ブリーフ作成ガイド」などを参考に、デザイナーがスムーズに制作できるよう情報を整理して伝えましょう。デザイナーは、非デザイナーでは気づけない視覚表現の可能性を提案してくれるでしょう。
ステップ4:チーム内での共有と活用
作成したデザイン物を、計画に基づきチームメンバーに共有します。単に配布したり掲示したりするだけでなく、なぜこれを作成したのか、ここに込められた想いや意図などを、広報担当者やリーダーから丁寧に説明する機会を持つことが、浸透を促す上で効果的です。
共有後も、定期的にデザイン物を目に触れる機会を設けたり、関連する話題が出た際にデザイン物を参照したりすることで、継続的な意識付けを図ります。
ステップ5:効果測定と改善
デザインを活用した取り組みが、どの程度ビジョン・価値観の共有・浸透に繋がったかを測ることも重要です。例えば、メンバーへのアンケートで「団体のビジョンをどの程度理解していますか?」といった質問を設ける、メンバー間の会話でビジョンや価値観に触れる頻度が増えたか観察するなど、定量的・定性的な視点で効果を確認します。
得られたフィードバックをもとに、デザイン物の改善や、今後の共有方法の見直しを行います。
ケーススタディ(想定事例)
例えば、地域課題の解決を目指すあるNPO法人が、「誰もが安心して暮らせる地域社会の実現」というビジョンを掲げているとします。広報担当者は、このビジョンを職員だけでなく、日頃から活動を支えるボランティアメンバーにも深く共有したいと考えました。
そこで、以下のような取り組みをデザインの力で行いました。
- ビジョンステートメントの再構築とデザイン化: 抽象的なビジョンを、より具体的で共感を呼ぶキャッチフレーズと、それを象徴するイラストや写真で表現し直しました。これをポスター、ウェブサイトの内部向けページ、そしてクレドカードとしてデザインしました。
- ワークショップ資料のデザイン: ビジョンについて語り合うワークショップを開催するにあたり、使用するワークシートやグループ分けカード、発表用のテンプレートなどを、新しくデザインしたビジョンステートメントのトーン&マナーに合わせて統一しました。
- オンボーディング資料への組み込み: 新規ボランティア向けのオリエンテーション資料に、デザイン化したビジョン・価値観の説明ページを追加しました。
これらのデザインを活用した取り組みの結果、メンバーへのアンケートではビジョンへの共感度や理解度が向上したという声が多く寄せられ、活動の場でも「私たちのビジョンはこれだから」といったように、ビジョンや価値観に言及しながら行動するメンバーが増加しました。これは、デザインがビジョンを「他人事」ではなく「自分事」として捉えやすくする効果を示唆しています。
まとめ
デザインは、NPOが外部にメッセージを伝えるだけでなく、組織内部のコミュニケーションを活性化し、ビジョンや価値観をチームメンバー間で深く共有・浸透させるための強力なツールとなり得ます。デザインの専門知識がなくても、目的を明確にし、デザイナーと効果的に協働したり、既存ツールやテンプレートを工夫して活用したりすることで、この取り組みは十分に可能です。
デザインの力を借りて、団体の羅針盤であるビジョンや価値観を、すべてのチームメンバーにとってより身近で、活動の指針となるものにしていきましょう。この取り組みは、組織の一体感を高め、より力強く社会課題の解決に向けて進むための大きな一歩となるはずです。