社会とデザインの実践論

NPO広報担当者のための、デザイン思考で活動の質を高める実践ガイド

Tags: デザイン思考, NPO広報, 実践ガイド, 課題解決, 共感

はじめに:デザイン思考がNPO活動にもたらす可能性

非営利組織(NPO)の活動において、広報は非常に重要な役割を担います。限られたリソースの中で、団体のミッションや活動内容を効果的に伝え、支援者やボランティア、地域社会との連携を深めることは、活動の継続と発展に不可欠です。

しかし、広報担当者の方々からは、「どうすればもっと伝わるか分からない」「新しい情報発信の方法が思いつかない」「課題解決のためのアイデアが欲しい」といった声を聞くことがあります。デザインの知識がない中で、これらの課題にどう向き合えば良いのか悩むこともあるかもしれません。

ここで注目したいのが、「デザイン思考」という考え方です。デザイン思考は、デザイナーが創造的な課題解決に取り組む際に用いるプロセスやマインドセットを体系化したもので、本来のデザイン領域に留まらず、ビジネスや教育、社会課題解決など、幅広い分野で活用されています。

デザイン思考は、単に見た目を良くするための技術ではありません。それは、人間のニーズに深く寄り添い、複雑な問題を理解し、革新的な解決策を生み出すための思考法です。この考え方をNPOの活動、特に広報に取り入れることで、既存のやり方にとらわれず、より効果的で共感を呼ぶコミュニケーションを実現できる可能性があります。

この記事では、デザインの専門知識がないNPO広報担当者の皆様が、デザイン思考の基本的なステップを理解し、日々の広報活動や団体の課題解決にどのように活かせるかについて、実践的な視点から解説いたします。デザイン思考のプロセスを通じて、団体の情報発信の質を高め、ステークホルダーとのより良い関係性を築くヒントを探りましょう。

デザイン思考の基本的なプロセス

デザイン思考は一般的に、以下の5つのステップを繰り返しながら進められます。これらのステップは厳密な順番ではなく、行きつ戻りつしながら探求を深めていくのが特徴です。

  1. 共感(Empathize): ターゲットとなる人々(支援者、ボランティア、受益者など)の立場に立ち、彼らのニーズ、課題、感情を深く理解することを目指します。インタビューや観察などを通じて、表面的な情報だけでなく、その背景にある想いや動機を把握します。
  2. 定義(Define): 共感のステップで得られた情報をもとに、解決すべき真の課題を明確に定義します。ここで重要なのは、「〇〇が足りない」といった表層的な問題ではなく、「△△という状況にある人が、心から求めていることは□□である。しかし現状ではそれが実現できていない」といった形で、ユーザーの視点から課題を再定義することです。
  3. 創造(Ideate): 定義された課題に対して、既存の枠にとらわれない自由な発想で、できるだけ多くの多様なアイデアを生み出します。ここでは、質よりも量を重視し、突飛に思えるようなアイデアも歓迎します。ブレインストーミングなどが有効な手法です。
  4. プロトタイプ(Prototype): 生み出されたアイデアの中から可能性のあるものを選び、実際に形にしてみます。これは完成品である必要はなく、アイデアの核となる部分を素早く、手軽に試せる形(簡単なチラシのラフ、ウェブサイトのワイヤーフレーム、寸劇、紙芝居など)にすることです。目的は、アイデアを具体化し、検証可能にすることです。
  5. テスト(Test): 作成したプロトタイプを実際のターゲットに見せたり、使ってもらったりしてフィードバックを得ます。このフィードバックを通じて、アイデアが課題解決に繋がるか、改善の余地はないかなどを検証します。テストの結果をもとに、再び共感や定義のステップに戻ることもあります。

NPO広報活動におけるデザイン思考の実践例

これらのデザイン思考のステップを、NPOの広報活動にどのように応用できるのか、具体的な例を挙げて見ていきましょう。

例:新しい寄付募集広報物を企画する

NPOが新しい寄付募集のためのチラシやウェブサイトを作成するとします。単に団体の活動内容や寄付の使い道を説明するだけでなく、デザイン思考を取り入れることで、よりターゲットに響く広報物になる可能性があります。

テストで得られたフィードバックをもとに、プロトタイプを改善したり、別のアイデアを試したり、場合によっては課題の定義を少し見直したりしながら、より効果的な広報物の完成度を高めていきます。

日々の業務や組織の課題解決にデザイン思考を活かす

デザイン思考は、広報物の制作プロセスだけでなく、NPOの様々な課題解決に活用できます。

このように、デザイン思考のプロセスは、広報に限らず、組織運営や事業開発など、NPOが直面する様々な課題に対して、ユーザー(支援者、ボランティア、職員、受益者など)中心のアプローチで解決策を見出すための強力なフレームワークとなり得ます。

デザイナーとの協働にデザイン思考を活かす

デザイン思考の考え方は、外部のデザイナーに広報物の制作などを依頼する際にも役立ちます。

デザイン思考の最初のステップである「共感」と「定義」をしっかり行うことは、デザイナーに依頼する前の重要な準備となります。誰に向けて、どのような目的で、どのような課題を解決するためのデザインなのかを、ユーザー視点で明確に言語化することで、デザイナーもより的確で効果的なデザイン提案を行うことができます。

また、プロトタイプの段階で、簡易的なものでもよいので、自分たちの頭の中にあるアイデアや構成案を具体的に示してみることは、デザイナーとのイメージの共有に繋がります。テストのステップで得られたターゲットからのフィードバックをデザイナーに共有することで、よりユーザーニーズに合致したデザインへと軌道修正することも容易になります。

デザイン思考は、デザイナーに「おしゃれなものを作ってください」と依頼するのではなく、「この人たちの、この課題を解決するためのデザインを一緒に考えてください」という、より本質的な協働を促進する考え方と言えるでしょう。

まとめ:デザイン思考で、一歩先のNPO広報へ

デザイン思考は、デザインのスキルそのものではなく、課題を解決するための考え方、プロセスです。非デザイナーであるNPO広報担当者の皆様にとって、これは大きな可能性を秘めています。

ターゲットとなる人々の声に耳を傾け、隠れたニーズや課題を深く理解することから始めましょう。そして、固定観念にとらわれずに自由な発想でアイデアを出し、完璧を目指さずにまずは形にしてみる。そして、実際に使ってもらうことでフィードバックを得て、改善を重ねる。この繰り返しこそが、より効果的で、よりターゲットに響く広報活動、そして団体の活動そのものを生み出す力となります。

デザイン思考を日々の活動に取り入れることは、決して特別なことではありません。それは、常に人を中心に考え、試行錯誤を恐れずに新しいアプローチを探求する姿勢です。デザイン思考の視点を持つことで、皆様のNPO活動が、さらに多くの共感と支援を集め、社会に対してより大きなインパクトを与えられることを願っています。

この記事が、デザイン思考をNPO広報に活かすための一歩を踏み出すきっかけとなれば幸いです。