NPO広報担当者のための、多様なステークホルダーに「響く」デザイン調整術
はじめに
NPOの活動は、多様なステークホルダーの理解と協力によって支えられています。寄付者、ボランティア、活動の受益者、地域住民、行政機関、企業など、それぞれの立場によって、団体の活動に対する関心度や、求めている情報、コミュニケーションの手段は異なります。広報物を作成する際、これらの多様な人々に向けて一つのメッセージを伝えることは容易ではありません。単に活動内容を伝えるだけでなく、「どのように伝えれば、それぞれの心に響き、行動につながるのか」を考えることが重要になります。
ここでデザインの力が有効になります。デザインは単なる装飾ではなく、情報を整理し、メッセージの意図を明確に伝え、受け手の感情に働きかけるための強力なツールです。ステークホルダーの特性に合わせてデザインを調整することで、より効果的なコミュニケーションを実現できます。本記事では、NPO広報担当者が多様なステークホルダーに「響く」デザインをどのように考え、実践していくかについて解説します。
なぜステークホルダーごとにデザイン調整が必要なのか
多様なステークホルダーは、それぞれ異なる背景や関心を持っています。この違いを理解することが、デザイン調整の出発点です。
- 関心や知識レベルの違い: 活動分野の専門家である人もいれば、社会課題に初めて触れる人もいます。寄付者は団体の財務状況や成果に関心がある一方、ボランティアは活動の楽しさや具体的な貢献方法に興味を持つかもしれません。これらの違いを踏まえ、情報の詳細さや表現の難易度を調整する必要があります。
- 求める情報の種類の違い: あるステークホルダーは活動の全体像やビジョンを知りたいと考え、別のステークホルダーは具体的な成果データや参加のメリットに関心を持つかもしれません。デザインによって、どの情報を強調し、どのように配置するかが変わります。
- 受け取りやすい媒体やチャネルの違い: 高齢の寄付者は紙の会報を好むかもしれませんし、若いボランティア希望者はSNSやウェブサイトで情報を収集するかもしれません。媒体に合わせたデザインが必要です。
- 感情的な動機付けの違い: 寄付者は共感や信頼、ボランティアは貢献意欲や楽しさ、受益者は安心感を求めるでしょう。デザインは、これらの感情に訴えかける役割も担います。
これらの違いを無視して画一的なデザインの広報物を作成しても、一部のステークホルダーにはメッセージが十分に届かない可能性があります。限られたリソースの中で最大の効果を出すためには、それぞれのターゲットに合わせたデザイン調整が不可欠なのです。
ステークホルダー別のデザイン調整の考え方と実践例
具体的なステークホルダーを想定し、それぞれに向けたデザイン調整のポイントと実践例を考えます。
1. 寄付者向けコミュニケーションのデザイン
寄付者は、団体の信頼性、活動のインパクト、そして寄付がどのように活用されているかに関心があります。
- デザインのポイント: 信頼感を醸成する落ち着いた色使い、明朝体など誠実な印象を与えるフォント、具体的な成果や数字を示すグラフやインフォグラフィック、活動によって変化が生まれた受益者の写真(プライバシーに配慮し、許可を得たもの)、丁寧な言葉遣い。
- 実践例:
- 活動報告書: 表紙は団体のビジョンを示す写真やイラストを使用し、本文では具体的な数字データ(例: 「〇〇人の方に支援を届けました」)をグラフや図解で分かりやすく示す。寄付金の使い道を円グラフなどで明示する。感謝のメッセージを添えるスペースを設ける。
- 寄付募集ツール(チラシ、ウェブサイトの寄付ページ): 活動の課題と、寄付によって解決されるストーリーを明確に提示する。安心感を与える団体情報(所在地、代表者名、事業内容)を目立つ位置に配置する。寄付の方法をステップ形式で分かりやすく示す。
- 感謝状・サンクスレター: 上質な紙質を選び、温かみのあるデザインにする。活動の最新状況や成果を簡潔に伝える情報を加える。
2. ボランティア向けコミュニケーションのデザイン
ボランティアは、「自分に何ができるか」「活動に参加することで何が得られるか」に関心があります。
- デザインのポイント: 活動の楽しさや活気を伝える明るい色や写真、親しみやすいフォント、具体的な活動内容やスケジュールを示す図解、参加方法の分かりやすさ、参加するメリット(スキルアップ、仲間との出会いなど)を視覚的に示す工夫。
- 実践例:
- ボランティア募集チラシ・ウェブサイト: 活動風景の写真を多く使用し、参加者の笑顔や生き生きとした様子を伝える。具体的な活動内容を箇条書きや簡単なアイコンで示す。必要なスキルや経験を明確に記載し、初心者でも参加しやすい印象を与える。「こんな人におすすめ」といったターゲットを明確にする情報を加える。申し込み方法を大きなボタンや分かりやすい手順で示す。
- ボランティア向け情報誌・ニュースレター: ボランティアの体験談やインタビュー記事を掲載し、共感や所属意識を育む。活動の成果にボランティアがどのように貢献したかを具体的なエピソードと共に紹介する。
3. 受益者向けコミュニケーションのデザイン
受益者にとって最も重要なのは、安心感と、必要な情報へのアクセスのしやすさです。
- デザインのポイント: 優しい、落ち着いた色使い、読みやすい大きな文字、誰もが理解できる平易な言葉遣い、専門用語の回避、安心できる雰囲気の写真やイラスト、連絡先や相談窓口の分かりやすさ。プライバシーへの最大限の配慮。
- 実践例:
- 利用案内・サービス説明資料: 複雑な制度や手続きを、ステップ図やイラストを用いて分かりやすく解説する。緊急連絡先や相談窓口を目立つ位置に記載する。威圧感を与えないデザインを心がける。視力の弱い方にも配慮し、コントラストを強くしたり、大きな文字サイズを使用したりする(アクセシブルデザインの視点)。
- 交流イベント告知: 参加することのハードルを下げるような、温かく迎え入れる雰囲気のデザインにする。場所、時間、内容、持ち物、連絡先を明確に記載する。
4. 企業・行政向けコミュニケーションのデザイン
企業や行政は、信頼性、事業の透明性、連携によるメリット、社会課題への貢献度に関心を持つ傾向があります。
- デザインのポイント: フォーマルで信頼感のある色使い(団体のブランドカラーを基調に)、堅実な印象を与えるフォント、具体的な活動実績や効果を示すグラフや図表、論理的な構成、データに基づいた情報提示。
- 実践例:
- 事業計画書・報告書: 表紙は団体のロゴと正式名称を配置し、信頼性をアピールする。本文では、活動の目的、計画、成果を明確な構造で示す。活動による定量的なデータ(例: 参加者数、改善率など)をグラフや表で効果的に見せる。団体の組織体制や沿革なども簡潔に記載する。
- 協働提案資料: 提案する連携の目的、内容、期待される効果(CSRへの貢献、従業員満足度向上など)を具体的に、視覚的に分かりやすく示す。団体の信頼性を示す過去の実績や提携先などを記載する。
一つのデザインで複数ステークホルダーに対応する工夫
常にステークホルダーごとに全く異なるデザインを作成することは、予算や手間の観点から難しい場合があります。一つのツールや広報物で、複数のステークホルダーにある程度対応するための工夫も重要です。
- コアメッセージの統一と表現のバリエーション: 団体のビジョンや主要な活動内容は共通の要素として維持しつつ、それぞれのステークホルダーに向けて「最も伝えたいこと」を強調するデザインを施します。例えば、ウェブサイトではトップページで全体像を示しつつ、それぞれの対象者向けに詳細ページへの導線を設ける、といった方法です。
- 要素の優先順位の調整: チラシやパンフレットなどの紙媒体では、表面は多くの人に共通で響くキャッチーなメッセージや写真、裏面は寄付者向けの詳しい活動報告や、ボランティア向けの募集要項など、ターゲットごとに異なる情報を配置するという方法があります。デジタル媒体であれば、セクションごとに情報を整理し、関心のある部分だけを読み進められるように構成します。
- 写真・イラストの使い分け: 同じ活動の写真でも、寄付者向けには活動の成果を示す写真、ボランティア向けには楽しそうな雰囲気の写真、受益者向けには安心感を与える写真を選ぶなど、使用する写真やイラストの選定を工夫することで、印象を調整できます。
デザイナーとの協働における伝え方
外部のデザイナーに依頼する場合、ステークホルダーごとのデザイン調整の意図を正確に伝えることが、期待通りの成果を得るために不可欠です。
- 「誰に」「何を」「どうなってほしいか」を具体的に: 作成する広報物が「誰(ターゲットとなるステークホルダー)に向けて」「何を(伝えたいメッセージ)」「その結果どうなってほしいか(期待する行動や反応)」を明確に言語化して伝えます。ステークホルダーごとの特性や関心、抱える課題など、デザイン調整の背景にある情報を可能な限り共有します。
- 既存の広報物や参考事例を共有: 既に団体の活動に理解があるステークホルダーであれば過去の広報物を見せ、新規のステークホルダーであれば彼らが普段目にしているであろう他の事例を共有するなど、具体的なイメージを伝える努力をします。
- デザインの意図について議論する: デザイナーからの提案に対して、単に「好き」「嫌い」で判断するのではなく、「この色やフォントは、〇〇というステークホルダーにどのような印象を与えるか」「このレイアウトは、彼らにとって情報を理解しやすいか」といった視点で議論を深めます。これにより、感覚ではなく論理に基づいたデザイン選択が可能になります。
- 予算やリソースの制約を正直に伝える: 限られた予算や納期の中で、どこまでデザイン調整が可能か、優先順位は何かを事前に共有することで、現実的な提案を得られます。
まとめ
NPOの広報活動において、多様なステークホルダーそれぞれに「響く」デザインを実現することは、活動への理解促進、共感の獲得、そして継続的な支援に繋がる重要な取り組みです。ステークホルダーの特性や関心に合わせてデザインを調整することで、メッセージはより的確に、より効果的に届くようになります。
完璧なデザイン調整は難しくとも、まずは主要なステークホルダーをいくつか設定し、それぞれの広報物をデザインの視点で見直すことから始めてみてはいかがでしょうか。デザイナーとの協働においては、デザインの対象となる「人」を具体的にイメージし、その人たちの立場に立ってデザインの目的を明確に伝えることが鍵となります。
デザインは単に見た目を整えるだけでなく、人々の心に働きかけ、社会的な目的達成のための行動を促す力を持っています。この力を最大限に活用し、団体の活動をより多くの人々に、より深く理解してもらい、共に社会をより良くするための歩みを進めていきましょう。