NPO広報担当者のための、ストーリーテリングとデザインで共感を育む方法
はじめに
NPOの活動をより多くの人に届け、共感や支援を得るためには、単に事実を伝えるだけでなく、人々の心に響くメッセージを発信することが重要です。そのための強力な手法として、ストーリーテリングとデザインの組み合わせがあります。
この記事では、デザインの専門知識がないNPO広報担当者の皆様に向けて、なぜストーリーテリングが重要なのか、そしてそれをどのようにデザインと組み合わせて効果的な広報物を作成できるのかを、実践的な視点から解説します。
なぜNPOの広報にストーリーテリングが必要なのか
ソーシャルデザインや社会課題解決の活動は、しばしば複雑であったり、すぐに成果が見えにくかったりします。統計データや活動報告だけでは、読者や支援希望者に活動の意義や緊急性が十分に伝わらないことがあります。
ここでストーリーテリングが力を発揮します。ストーリーテリングとは、物語の形式を用いてメッセージを伝える手法です。活動に関わる個人の体験、団体の設立秘話、支援を受けた人々の声などを物語として語ることで、事実やデータを感情的に、かつ具体的に理解してもらいやすくなります。
物語は人々の記憶に残りやすく、共感や感情移入を引き起こします。NPOの広報においては、「何を、なぜ、どのように行っているか」だけでなく、「誰のために、どのような変化が生まれているか」をストーリーで伝えることが、支援者やボランティア、受益者との間の感情的なつながりを築き、共感を育むために非常に有効です。
伝わるストーリーの構成要素
効果的なストーリーにはいくつかの共通する要素があります。NPOの活動をストーリーとして語る際には、以下の点を意識してみると良いでしょう。
- 主人公(または焦点となる人物): 誰の視点から語るか。受益者、ボランティア、職員、地域住民など、具体的な個人やグループに焦点を当てることで、読者は感情移入しやすくなります。
- 課題または葛藤: 主人公や団体が直面している問題や困難。活動の「なぜ」を明確に示します。
- 行動または介入: 団体が課題解決のためにどのような活動を行ったか。具体的な支援やプロジェクトの内容を描きます。
- 変化または成果: 活動を通じて、主人公や状況がどのように変化したか。前向きな変化だけでなく、小さな一歩や今後の希望を示すことも重要です。この部分が、読者に活動の意義や効果を具体的に伝えます。
- メッセージまたは学び: ストーリー全体を通して伝えたい、最も重要なメッセージや教訓。読者に何を感じ、考えてほしいかを明確にします。
これらの要素を意識して、活動の中から具体的なエピソードを選び、構成してみましょう。
ストーリーテリングとデザインの組み合わせ方
ストーリーが活動の「魂」や「心」を伝えるものだとすれば、デザインはそれを人々に届けるための「器」であり「媒介」です。デザインはストーリーのメッセージを強化し、より多くの人々に、より効果的に、そして記憶に残りやすい形で届ける役割を担います。
具体的な組み合わせ方のポイントをいくつかご紹介します。
- ストーリーの「トーン&マナー」をデザインで表現する: ストーリーが希望に満ちた内容であれば明るく温かい色合いや書体を選ぶ、真剣な社会課題を扱うのであれば落ち着いた信頼感のあるデザインにするなど、ストーリーが持つ雰囲気や感情をデザイン要素(色、フォント、レイアウト、画像など)で視覚的に表現します。これにより、読者はデザインを見ただけで、ある程度ストーリーの性質を予測し、心の準備ができます。
- 重要なメッセージを強調する: ストーリーの中で特に伝えたいメッセージやキーポイントを、デザインを用いて視覚的に際立たせます。例えば、印象的なフレーズを大きな活字で表示する、重要な統計データを分かりやすいグラフやインフォグラフィックにする、ストーリーのクライマックスに合わせた力強い画像を使用するなどです。
- 読者の感情を揺さぶるビジュアルを選ぶ: ストーリーに沿った写真やイラストは、読者の共感を強く引き出します。登場人物の表情がわかる写真、活動の現場の雰囲気を感じさせる写真、比喩的に課題や希望を示すイラストなどを選びましょう。ただし、個人のプライバシーに配慮し、必ず許諾を得ることが前提です。
- 情報設計で読者の理解を助ける: 長いストーリーでも、適切な見出し、小見出し、段落分け、箇条書き、余白などを活用したレイアウト(情報設計)によって、読者は内容を追いやすくなります。デザインは、ストーリーを読む上での「読みやすさ」を向上させる役割も果たします。
- コール・トゥ・アクション(行動喚起)を明確にする: ストーリーを読んだ読者に「次に何をしてほしいか」(寄付、ボランティア応募、署名など)を伝える部分は、デザインで明確に目立たせます。ボタンの色や形、配置、周囲の余白などを工夫し、読者が迷わず行動に移せるようにデザインします。
実践ステップ:ストーリーをデザインに落とし込む
デザインの専門家ではないNPO広報担当者でも、以下のステップでストーリーとデザインを組み合わせて広報物を作成できます。
- 伝えるべきストーリーを選ぶ・作る: まず、最も伝えたい活動のエピソードや、特定の広報物の目的に合ったストーリーを選びます。上記の構成要素(主人公、課題、行動、変化、メッセージ)を整理し、ストーリーのアウトラインを作成します。
- ターゲット読者を再確認する: 誰にこのストーリーを届けたいのかを具体的にイメージします。その読者の関心事や、どのような媒体(ウェブサイト、SNS、チラシなど)でストーリーに触れる可能性が高いかを考慮します。
- ストーリーの「トーン&マナー」を設定する: ストーリーを読んだ後に、読者にどのような感情を持ってほしいかを考えます(例:希望を感じてほしい、問題の深刻さを知ってほしい、団体の誠実さを感じてほしいなど)。この感情がデザインの方向性を決定します。
- 利用する媒体とデザインツールを決める: ウェブサイトの記事、SNS投稿画像、イベントチラシ、活動報告書など、ストーリーを掲載する媒体を決めます。利用可能なデザインツール(例:Canvaなどのオンラインツール、PowerPoint、あるいはデザイナーへの依頼)に合わせて、デザインの表現方法を検討します。
- ラフ案(たたき台)を作成する: ストーリーのアウトラインとターゲット読者、トーン&マナーに基づき、どのようなビジュアル要素(写真、イラスト、グラフなど)が必要か、テキストはどのように配置するかといったラフ案を手書きや簡単なツールで作成します。これはデザイナーに依頼する場合のブリーフにもなります。
- デザインに落とし込む(またはデザイナーに依頼する):
- 自分でデザインする場合: 既存のテンプレートを活用したり、Canvaのようなツールを使って、ラフ案を元にテキストやビジュアルを配置していきます。この際、手順4で設定したトーン&マナーを意識し、色やフォント、全体の雰囲気を統一します。写真選定や簡単な画像編集も行います。
- デザイナーに依頼する場合: 作成したストーリーのアウトライン、ターゲット読者、トーン&マナー、ラフ案、使用したい写真などの素材、掲載媒体、予算、納期を明確に伝えます。ストーリーのどの部分をデザインで強調してほしいかなど、具体的な要望も共有します。
- フィードバックと改善: 完成したデザイン案を確認し、ストーリーが意図通りに伝わるか、読者にとって分かりやすいかといった観点からフィードバックを行います。必要に応じて修正を依頼または自分で行います。
ケーススタディ(例)
あるNPOが、地域の子どもたちに無料の学習支援を提供するプロジェクトの報告を行うケースを想定します。
- ストーリー: 受益者であるA君(仮名)が、以前は勉強が苦手で自信が持てなかったが、このプロジェクトに参加したことで勉強が楽しくなり、将来の夢を持つようになった、という具体的な変化を描くストーリー。A君の母親の感謝の言葉も加える。
- デザインの活用:
- 広報物全体のトーン:明るく希望に満ちた雰囲気。
- 使用する色:子どもたちの笑顔や成長を連想させる、暖色系や明るいトーンを基調とする。
- ビジュアル:学習支援を受けているA君のイキイキとした表情の写真(個人情報に配慮し、許諾を得たもの)、子どもたちが楽しそうに学ぶ様子を捉えた写真を使用する。テキストでA君の成果を語る部分では、A君のビフォーアフター(イメージ写真など)を視覚的に並べることも検討する。
- テキスト表現:A君の言葉や母親の言葉を引用符つきで目立たせる。見出しでA君の「変化」を端的に示す(例:「勉強が苦手だったA君に生まれた、小さな変化」)。
- レイアウト:A君のストーリーを読み進める中で、写真や引用が適切なタイミングで目に飛び込むように配置する。記事の最後に、プロジェクト全体の子どもたちの成績向上率などのデータがあれば、分かりやすいグラフで示す。
- コール・トゥ・アクション:ストーリーを読んだ感動を支援に繋げてもらうため、「この活動を応援する」という寄付ボタンや「ボランティア募集」へのリンクを、デザインで明確に、かつストーリーの雰囲気を壊さないように配置する。
このように、ストーリーの内容に合わせてデザイン要素を意図的に選択・配置することで、読者は単なる事実だけでなく、活動の温かさやそこで生まれている希望を感情的に理解し、共感する可能性が高まります。
ストーリーテリングとデザイン活用の注意点
- 事実に基づいたストーリーを語る: ストーリーは感情に訴えかけますが、内容は必ず事実に即している必要があります。誇張や虚偽は信頼を失います。
- プライバシーと人権への最大限の配慮: 受益者や関係者のストーリーを語る際は、必ず本人の許諾を得て、個人が特定されないような配慮や、人権を侵害しない表現を心がけてください。特に写真の使用には十分な注意が必要です。
- 共感を「強要」しない: ストーリーテリングは共感を引き出す手法ですが、読者に特定の感情を無理強いするような表現は避けるべきです。淡々と事実を語るだけでも、ストーリーの力と適切なデザインがあれば共感は生まれます。
- デザインはストーリーの「引き立て役」である: デザインが主役になるのではなく、あくまでストーリーをより良く伝えるためのツールであることを忘れないでください。過度に装飾的であったり、メッセージを邪魔するようなデザインは避けるべきです。
まとめ
NPOの広報において、ストーリーテリングは活動の意義や影響を感情的に伝える強力な手段です。そしてデザインは、そのストーリーを視覚的に強化し、より多くの人々に、より深く、より記憶に残る形で届けるための不可欠な要素です。
デザインの専門知識がなくても、活動の中から心動かされるストーリーを見つけ出し、そのストーリーの持つ雰囲気やメッセージを意識しながら、写真やテキストの配置、色やフォントの選択に少し気を配るだけで、広報物の伝わり方は大きく変わります。
この記事でご紹介した基本的なステップやポイントを参考に、皆様のNPOの素晴らしい活動ストーリーを、デザインの力を借りてさらに多くの人々に届けていただければ幸いです。共感を育むデザインの実践は、団体の活動を力強く推進していく一歩となるでしょう。